
フレグランズトーク vol.06 市橋人士(前編)『木の匂いに魅せられて −年商10億円の木製デザイン雑貨ブランド「Hacoa」が生まれたわけ』
『木の匂いに魅せられて−年商10億円の木製デザイン雑貨ブランド「Hacoa」が生まれたわけ』

年商10億円以上を売り上げる、木製デザイン雑貨ブランド「Hacoa」。
Hacoaは、複数のブランドを展開し、2019年1月にはチョコレートショップ「DRYADES」をオープンさせました。Hacoaを率いる市橋人士さんに、Hacoa立ち上げの経緯と香りについてお話を伺いました。
――ほかの木工製品にはない、この味わいはどこから生まれるのでしょう。
Hacoaが意識しているのは、福井県鯖江市の伝統工芸・越前漆器の木地師が培った技術と、時代に即したデザイン性です。デザインがよくても使いにくくては仕方がないし、実用性だけでは魅力が薄い。確かな技術にデザインが加わって、ユーザーにとって愛着のある製品が生まれます。
漆器の世界では、お椀などを作る人は丸物(まるもの)師、重箱や文箱などを作る人は角物(かくもの)師と呼ばれます。角物は別名箱物(はこもの)。私が、角物師だったことから、伝統的なものに、時代が求めるプラスアルファを加えているという意味で、ブランド名を箱=haco+αでHacoaとしたのです。
使い捨てにされない、いつまでも使い続けたくなる製品を念頭に作っています。実際、23年間同じデザインのトレイは、昔料亭で使われていた「脇取盆」のデザインを現代的にアレンジしたもので、今も変わらず、売れ続けています。何気ないように見えますが、料理を盛りつけた皿を端まで載せても重みに耐えられるように作られています。

「Floor Tray」12,100円(税込)
――義父の角物木地師・山口怜示(やまぐち・りょうじ)さんの技術に魅せられ、技術を身につけようと「3年間、飯を食べさせてほしい」とお願いしたそうですね。
僕は当時、プラスチック成形技師として働いていたんですが、会長(怜示氏)の素晴らしい技術をどうしても学びたくて、お願いしました。「3年たったらどうするんだ」と聞かれたので「一人前の職人になりたい」と答えたら「一人前になるには10年かかる」と言われまして。「だったら人の3倍以上に密度を濃くしよう、そうすれば3年でも10年の修業になる」と決心したんです。
とにかく必死で、しんどい3年でした。朝、6時半に工房へ行き、下準備をしていると7時半に会長が来ます。2人で仕事を始めますが、技術について説明してくれるわけでもなく、横について目で見て学ぶ。8時間ぐらい働いて、仕事の後はノミやナイフを研いで翌日の段取りをしていました。

――その時にはもうお子さんもいらっしゃったんですよね。
はい。夜の8時〜8時半ごろ帰宅して、家族とご飯を食べ、子どもたちと風呂に入ります。ときには小さい子を寝かしつけて、また工房に戻りました。自分で木材の保管小屋を改修し、事務所を作って、だいたい午前2時ぐらいまで、そこで作業していました。
休みもなく、子どもの運動会の日は、作業場と学校が近かったので、子どもがかけっこで走るときだけ見に行って写真撮って、また作業に戻る。お昼になるとまた学校へ行って子どもたちとお弁当を食べる。こんな生活を何年も続けました。
その頃は夜中に、製品を作ると同時に、東京へ営業の手紙も書いていました。また、夜行バスで、スポーツバッグ2つに製品を詰めて上京し、営業しました。当時はインターネットもないので、売り込み先の見込みもなく、目にとまったテーブルウェアのお店や百貨店に、飛び込み営業していました。今思えば、バイトの女の子に必死に売り込んでたんですよね(笑)。とにかくこの頃は、夢中で必死でした。今でも、石油ストーブのにおいがすると当時の作業場のことがよみがえってきます。

――当初から今のような、漆のない木製雑貨を売り込んでいたのですか?
当時は会長が作ったものが中心で、漆で塗り上げたものです。あるとき、ある百貨店から「個展しないか?」と言われたんです。もううれしくて、スキップするような気持ちで福井に戻りました。
ところが、福井に戻ったら問屋さんから電話がかかってきて「直接取引はあかん」と。伝統工芸品の流通は問屋が一手に担っていたのです。
漆器は分業制で、丸物師や角物師が木から形を作り、塗師が漆を塗る。金紛で模様をつけるのは蒔絵師。かつては旧家の冠婚葬祭などでお膳やお盆、器に至るまで漆器が大量に使われていましたが、核家族化が進んで需要がなくなり、業界全体も規模が小さくなっていました。後継者問題も深刻で、分業制だからどこかが閉じてしまうと昔のスタイルでは製品も作れない。流通経路も問屋が握り1つに絞られている。だったら、漆を塗らない木地の製品を作れば、しがらみから解き放たれると思い、会長の製品とは別にブランドを作って木製の雑貨を手がけるようになったのです。それがHacoaの誕生です。

――Hacoaブランドとして最初にヒットしたのはどんな製品ですか?
爆発的に売れた最初の製品は、携帯のカスタムジャケットというカバーです。とにかく売れに売れた。「ITの業界規模ってこんなに巨大なのか」と衝撃を受けましたね。でもこのときにはHacoaのロゴは入れていませんでした。
私たちのコンセプトは使い続けられる製品づくり。しかし、当時、携帯機種が年に3〜4回モデルチェンジしていたので、そのたびに新製品を作らなければなりません。作れば売れるんですが、前のものは捨てられてしまう。捨てられてしまうものにロゴを付けるのが嫌だったんです。最初にHacoaのロゴを付けて世に出したのは「木―ボード」です。

――木でできたPC用のキーボード。Hacoaの認知度を一気に広めた話題作ですね。値段も、268,000円とケタ違い。
プラスチックアレルギーのお客様からの要望で作ったものです。あれは、もう、ものすごく手間がかかる。職人でも途中で作るのが嫌になるぐらい(笑)。でも、これがHacoaの代名詞になった商品で、話題になりました。ネットの掲示板では「名前がおやじギャグ」とか「誰が買うんだ」と書かれ、凹みました。だけど、読んでいくと最終的には誰もが「でも、ちょっと触ってみたいな」と書いていた。

「Full KiBoard」(maple)101,200円(税込)
――そういう力がある製品だったんですね。
そうですね。そして、もう一つ、「木ーボード」を発売して起きた変化がありました。うちで「働きたい」という若者がたくさんやってきたんです。
Hacoaで目指していたのは、1500年の伝統の技術を未来に受け継ぐこと。つまり、後継者を育成することも課題でした。意図せずして若者を魅了する製品ができ、スタッフが増えた。彼らの給料分、稼がなければならないので、私はプロデューサー的な立場となり、製品開発や営業開拓に注力するようになっていったのです。だからHacoaにとって大きな潮の変わり目を作ったのが「木−ボード」なんですね。

――技術力とデザインと、そしてやはり「木」という素材の力は大きいですね。
木は、やはり癒やされるものですよね。見た印象、手触り、そして香り。ぼく自身、木の香りに魅せられ、癒やされています。製品になってしまうと香りはそれほどしませんが、使うほどに味わいが出て、経年変化を楽しめ愛着が生まれるところが木製品の魅力です。
>後編へ続く
後編では、新しいブランドや飲食、ものづくりの拠点にまで成長するHacoaについて、お伝えします。
背後には「香り」というキーワードもあるようです。

プロフィール:市橋人士(いちはし・ひとし)
1969年6月6日生まれ。福井県出身。県立武生商業高校卒業後、大手機械メーカーでプラスチック成形技師として勤務。1996年に義父である山口怜示氏に師事し、山口木工所に入門。2001年Hacoaブランド設立。年商10億円以上を売り上げる。福井県の本店のほか、東京に5店舗、仙台・横浜・京都に1店舗、愛知、大阪に2店舗の直営店を展開。直営オンラインストアのほか、楽天市場「木香屋」も。2019年1月には新業態としてチョコレートショップ&ラボ「DRYADES(ドリュアデス)」を東京にオープン、6月には東京都中央区新川にショップとものづくり拠点、イベントスペースなどが集結した「Hacoa VILLAGE」をオープン。

text:Mikiko Arikawa photo:Daisuke Yanagi
撮影協力:Hacoa village
https://Hacoa.com/village/