フレグランズトーク vol.01 津田寛治(後編)『「不二夫のフレグラン」の世界について』

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『「不二夫のフレグラン」の世界について』

どこにでもいる家族の、どこにでもある話――だけど、水面に投げ込まれた石が波紋を広げるように、夫であり父親である不二夫の心に突然投げ込まれ、心を波立たせた「加齢臭」という強烈な問題。女性2人の間で、やさしくちょっと気弱な不二夫役を演じる津田寛治さんに、このWEBドラマ『不二夫のフレグラン』を通して感じたことや、撮影裏話などをおうかがいしました。

――脚本を読まれたとき、どんな感想を持たれましたか?

「おもしろいな」と思いましたね。福井駅前短編映画祭の審査委員長をしている関係で、短編映画を見る機会が多いんです。短編映画のテーマはバラエティに富んでいるので、体臭をテーマにしたものもあります。でも、男性の加齢臭を取り上げたものは、なかったですね。加齢臭って、誰もが頭の隅で悩んでいながらも、恥ずかしくてあまり表に出したくない。「不二夫のフレグラン」は、そこに切り込んでいるから、多くの人から共感を得ると思います。普遍性のある内容でありながら、非日常的なシーンも盛り込まれている。そのバランスもすごくいいなと感じたんです。

――家族の中で、男は不二夫一人。あの家族についてはどう感じましたか?

基本的に良い家族だと思います。ただ、不二夫については「油断しているお父さんだな」と思いました。娘にきつく言われても「反抗期だからしょうがないな」と思い込み、奥さんについても「こんなきれいでやさしい奥さんがいて、オレはラッキーだ」と信じ込んで、良い面しか見ないようにしている。「自分は良い夫だ」という自負もあったんじゃないでしょうか。そんな油断のせいで、匂いを指摘されガーンと傷ついてしまったのでしょう。きっと以前から女二人の間では「お父さん、におうね」という暗黙の了解があった。実は妻・娘と不二夫の間にはちょっとした距離があったんですね。でもそれは不二夫には伝わっていない。それが、匂いをきっかけに表面化したんでしょうね。

――「クサイ!」を突きつけられた不二夫はかなり傷ついてしまいましたね。

間接的にせよ、妻、娘に「お前はクサイんだ」と言われたら傷つきますよ。そうでしょう? 他人のことを「クサイ」と思ったとしても、自分が言われたときのことを思うと、恐ろしくて指摘できませんよね。でも、30代以降の男性は頭の片隅で、常に自分の匂いを気にしてるんじゃないでしょうか。私は今53歳ですが、若い女性が近づいてくると「自分、今、匂い大丈夫だろうか?」とドキドキしますよ。若い頃にはまったく思わなかったのですけどね。

――津田さんは俳優として「役を演じるのではなく、自分の中にあるものを引き出して、役に寄せるスタイル」とお聞きしました。不二夫についてはいかがでしたか?

近い年齢・話題ですし、男性としても父親としても共感が持てる役どころだったので、大変やりやすかったですね。人生の中で子育てというのはとても重要で大きなものだと思います。父親にとって娘はとくに愛おしい存在ですよ。世のお父さんたちは、子どもの幸せのために必死に働いていますよね。一方で、家族という単位の中では、妻との関係も良くしていかなければならない。匂いの問題は、そういう人生の「本流」とは別の、いわばスピンアウト的な問題ではあると思いますが、ある日突然、妻と娘に「クサイから」と、距離を置かれてしまうその衝撃は、人生は山あり谷ありではありますが、結構な谷ではないかと思います。

――作中では、洗濯物も「おやじ用」とカゴを別にして、ますます不二夫を打ちのめしている様子も描かれました。

あれ! あれはもう、我が家ではリアルですよ(笑)! 我が家は私と妻、息子、娘の4人家族ですが、私だけ洗濯カゴが別なんですよ! 息子はいいんだそうです。私だけ別。同じぐらいの年齢の俳優さんはみんな「ああ、うちもそう」と、言っています。さらに寝室も、ある日別にされましたから。ずっと家族で2階のロフトのようなところで寝ていたのに、ある日、帰ってきたら、1階の仕事部屋に2段ベッドが入れてあり「今日からここで寝てください」と(笑)。ですから不二夫の気持ちはとってもよく分かるので、自然に不二夫になれましたね。

――WEBドラマでは、最後に娘の男友だちに褒められることで自信を回復していきます。

娘の男友だちとのシーンでは、不二夫の人生の中でかなりな〝瀬戸際〟にいっていたと思います。少年たちに追い詰められて、過去のトラウマも思い出して……。父親の威厳も、危険信号が出ていましたしね。しかしビビって尻尾を巻いて逃げてしまったら、その後、人として、父親として人生がどうなったか分からない。ところが、〝匂い〟がきっかけで少年たちが自分を認めてくれたわけですから、あれほどまでに感情が爆発したし、そして自信も回復したんでしょう。といっても、匂いですべてが解決するわけでもない。娘を連れて帰ったときに、妻と娘は抱き合っているのに、自分もそこに加わろうとすると、2人はスルッと抜けてしまう。そこがまたリアルです。

――全体を通して、津田さんがとくに好きなシーンはありますか?

17歳の不二夫が不良に絡まれるシーンです! 17歳なのに、演じているのは全員おっさん。それは監督が「あえて」やったキャスティングだと思いますが、男としてはよく分かるんです。おっさんが学ランを着たときの、気恥ずかしさを超えて学生芝居をやっている、あの清々しさ(笑)。


――泡を吹くシーンもすごかったです。

あれは、監督のお父さんの実話だと聞いています。「おれ泡吹いたんだよ。泡って本当に口から出るんだよ」とお父さんが語ったとか……。もちろん、撮影では、メレンゲなどを使って人工的に作った泡ですが。あのシーンはシンナーまで出てきて「公開して大丈夫なの?」と心配しましたが、考えてみれば、あれも〝フレグランス〟の一種かもしれません。そう考えると、うまいなぁ、監督。

――映像からは匂いが出てくるわけではないですが、WEBドラマを見て「いい匂いになった不二夫の匂いをかいでみたい」と思いました。

そういう思わせるつくりになっていますよね。でもこの「フレグランショット」、本当にいい匂いなんですよ。お世辞じゃないです。最近、微香性の方を持ち歩いています。撮影陣にも「これはいい」と好評でした。

――永山監督と津田さんは、2019年3月に公開された映画『天然☆生活』に続くタッグですね。監督の作品についてはどう思われますか?

監督の前作『トータスの旅』に惚れ込んでいたんですが、『天然☆生活』でご一緒させていただき、光栄でした。人柄も素晴らしい方なので、とにかく現場が夢のように楽しかったです。WEBドラマは30分ぐらいの長さですが、くり返し見ると様々な要素が要所要所に詰め込まれていて、見るたびに発見があると思います。父と娘、夫と妻のストーリーとしても楽しめるので、男女問わず、見ていただきたいですね。

プロフィール:津田寛治(つだ・かんじ)
1965年生まれ。福井県出身。『ソナチネ』『シン・ゴジラ』など、数多くの映画に出演。永山正史監督とは映画『天然☆生活』を経て、本ドラマで2回目のタッグ。福井県のショートムービー映画祭「福井駅前短編映画祭」では審査委員長を務める。