
フレグランズトーク vol.01 津田寛治(前編)『匂いが開く、俳優・津田寛治の記憶の扉』
『匂いが開く、俳優・津田寛治の記憶の扉』


ドラマ、映画、舞台、オリジナルビデオにバラエティなど。その姿を見ない日はないほど、幅広い活躍で多くのファンを魅了する俳優・津田寛治さん。コメディからシリアス、バイオレンスまで個性的な役柄を演じる機会も多く、その都度「津田寛治にしかできない」とファンをうならせる演技力で高い評価を得ています。F’(エフダッシュ)のWEBドラマ『不二夫のフレグラン』では、2019年3月公開の映画『天然☆生活』に引き続き、永山正史監督とのタッグで「加齢臭」に翻弄される男性役を好演。公開にあたり、津田寛治さんが感じる「匂い」についてのエピソードを伺ってみました。
――このWEBドラマの鍵は「匂い」です。もっというと「加齢臭」。自分の体臭は分からないから匂いが気になるという人は多いですね。
加齢臭という言葉が定着して以降、30代を超えた男性はどこかで体臭を気にしているでしょうね。私も53歳ですから気にする部分がありますよ。「オレ、今、におってないかな?」なんて。だから「くさい」と指摘されたら、相手が家族でもキツイですよね。ある意味、人間性の否定ですから。でも一方で、個人それぞれの匂いって大事なものなんじゃないかなとも思ったりします。その人の個性、存在意義にも関わっているし、古来から生きものに備わっているものですよね。だからこそ、犬はマーキングするんだろうし(笑)。
――誰かにとって不快な体臭も、別の誰かには良い匂いになることもありそうな。
そうだと思うんですよね。以前ビアホールに行ったとき、笑顔がステキで、ものすごくよく働くウェイトレスさんがいたんです。その子が注文した品を持って「お待たせしました!」って笑顔いっぱいに来たとき、ふわーーーっとワキガの匂いがしたんですよ。でも、その子の働いている姿と笑顔を見ていたら、その匂いがすごく魅力的に感じたんです。
――分かる気がします。好きな人の体臭はいい匂いに感じたりします。

たとえば工場で汗まみれで働いている男性がいるとして、彼は、家に帰ってきたとききっと汗とオイルが混じった匂いがしますよね。家族にはその匂いが「夫の匂い」「とうちゃんの匂い」と刷り込まれて、ある意味いい匂いになっているんじゃないかと思うんです。それは香水のように人を幸せにするために作られた匂いではないけど、一人の男性の記憶と結びついた、強烈な思い出の匂いになるのではないでしょうか。
――嗅覚を司る機能は、扁桃体や海馬など、脳の記憶を司る部分と接続しているそうです。だから匂いと記憶は一体になっているそうですが、匂いで記憶がよみがえることがありますか?
ありますね。「あ、この匂いがするってことは、また初夏が巡ってきたんだ」という風に、季節の変化を感じることはよくあります。今はそうでもありませんが、少し前まで秋になると街中から金木犀の香りがしてきましたよね。だからあの匂いがすると秋の記憶がわーっとよみがえってきたりします。春も、強い香りの花……沈丁花? あれをかぐと春になったんだと思いますね。人というより、自然……風景の中に紛れ込んでいる匂いというのはたくさんありますね。
――具体的な思い出の場面が浮かんだりしますか?
いや、匂いによって「あのときのあのエピソード」が想起されることはあまりなくて、よみがえるのは「感情」ですね。子どもの頃に母親に手をつながれて歩いたときに感じた匂いは、時が経ってどこかでかぐと「あのときの匂い」と思い出しはしますが、そこに新しい思い出も加わるわけじゃないですか。次に同じ匂いを感じたときは、母親とのことと一緒に次にその匂いを嗅いだときの思い出もよみがえるわけで、それをくりかえしていくと、時を重ねるごとに匂いのエピソードが複層的になって滲んでいく気がするんです。だから匂いからは積み重なった〝気持ち〟だけがぶわーっとよみがえってくるんです。
――津田さんは撮影中の合間にロケ地を散歩するのがお好きだそうですが、ロケ先でも匂いで感情が喚起されることはありますか?

あります、あります。とくにアジアに行ったときなど、舗装されていない道とオイルが入り混じった匂いがして、懐かしくなります。国道沿いに生まれ育ったもんですから、道路拡張などの工事がしょっちゅうあったんですね。道路を掘り起こしたり、大きなローラーが道路をならしたりするときの匂いと、アジアの匂いが重なってくるんです。そうやって、匂いは次々に思い出をつなげていくように思いますね。
――ご出身は福井だそうですが、ふるさとの匂いはどんなものなんでしょう?
まず雪の匂いですねー。雨の匂いに似ていますが、もっとキーンとした金属っぽい感じ……。チェーンを履いた車がガンガン通るから、アスファルトが削れるのかな? あるいはホコリなのかもしれない。こっち(東京)で初夏の頃に激しく降ってきた雨が、アスファルトを叩くときの匂いに似ていますね。それから田畑の匂い。冬だと、稲刈り後に籾殻を燃やしている匂いとか。でも、基本的に匂いって暖かくなると感じるものですね。雪や籾殻は冬の匂いですが、福井では、用水路を流れる水や、泥の匂いが立ってくると「もうじき春だ」と感じます。
――長い冬が終わる匂いですね。
そうです、まさに生命感と結びついているような感じです。時として、煩わしくもあったりしますね。生命感まっさかりの存在が匂いを発していると「うわあ、暑苦しい」となるでしょう? たとえば高校の部室の匂いとか(笑)。
――確かにそうですね。さて、WEBドラマの話も少し。津田さんが演じられた不二夫は、娘の友人たちに「加齢臭がする」と言われてショックを受けますが、フレグランショットを使ったら匂いをほめられて、一気にテンションが変わりますね。

あの部分は「うまいなあ」と思いました。若者が人を受け入れる要素として、匂いに大きな比重を置いているという様子がうまく描かれている。娘にとっても、自分が選んで手渡したフレグランショットは非常に強烈な匂いになったんじゃないでしょうか。匂いによって父親と若者たちの間にエピソードが生まれて、それによって父親の見方も少し変わったのですから。
――匂いは人間関係をも左右するところがありますね。
そうですね。初めて会ったオジサンでもいい匂いがすると好感を持ったりして、そんな自分にハッとしたことがあります。いい匂いがすれば第一印象が良くなる。自分が気にするような年齢になったからか、匂いに関するエチケットは大事なんだと感じるようになりました。
――ちなみに、女性も男性から少々遅れて加齢臭がするようになるそうです。とくに閉経後に多くなるとか。
女性も? 知りませんでした。でも女性ってみんないい匂いがしますよね。香水とかコスメとかではなく、思うにうっすら血の匂いがする気がするんです。母親を思い返しても、そういう匂いがしていたように思います。
――とすると、加齢臭がするころには、そのいい匂いは消えているのかもしれませんね。
あっ、確かに!
――100人いれば100の匂いの記憶がありそうですね。匂いは最強の〝感情記憶装置〟かもしれないとお話を伺って思いました。
>後編へ続く
後編ではWEBドラマに出演しての感想や、裏話などを伺いました。